南田洋子さん死去・・・長門さん、心が痛いよね。心の痛みが僕にも伝わってきました

長門裕之さんの妻、南田洋子さんが亡くなりました。 メディアで報道されていますが、長門さんの 心の痛みが直接僕にも伝わってきたような気がします。 辛すぎますね・・・。 「死」、というものは必ず100%の確立で漏れなく皆に やってくる。これは、この世の中でたった1つ 絶対 と言い切れることだ。 生まれた瞬間から約束されている。 しかし、言葉では理解している「死」だが 実感とし捕らえる事は難しい。 ただ、それを教えてくれるのは自分を生んでくれた 両親では無いだろうか。 私の場合がそうだった。身近な親戚のおじさんやおばさん の死は見てきたが、それと、自分の親の死とは 同じようで全く違う。 自分の親が死ぬと言う事は言葉では理解している つもりでも、心のどこかでそれを意識している ことはまず無い。親が死んで始めて 「死」が自分の身近に潜んでいる事を 思い知らされる。 私は両親ともにこの数年で亡くしているが、 その前後では「死」についての感覚が 全くかわったと思う。 両親の死後は「死」が特別なことでは なくなってきているのだ。 常に自分の「死」を意識できるようになった。 そう、常にだ。 時間という川の流れに身をゆだねている 自分が、時計の秒針の音の速さでその時に向かって 止まることなく近付いている・・・はっきり見える。 気が付けば小さなくだらない事に悩んでいられない 自分が居た。大体の事がどうでも良い事。 そう、大した事なんてこれっぽっちも無い。 おかげで、今、この瞬間を真剣に生きる 自分のやりたい事を今に賭ける。 そんな考え方が身についていた。 ガンで余命数ヶ月と宣告された患者が 残りの時間を真剣に生きようとする そんな時間を、平凡な生活をする今の自分は 送れている様な気がする。 これも両親が体を張って教えてくれた 1番大切な事のお陰なのだと痛感する。 ここで、南田洋子さんの話に戻るが 私は、あと1つ、伴侶の死を体験させられるのかと ふと、思った。その瞬間に長門さんの心の痛みが 直接伝わってきたような気がしたのだ。 両親の時とどちらが重いだろうか? 想像もつかない。父が病院のベッドの上で 母の死を聞いたときに1週間泣いていたことを 思い出した。 そんなことを考えていると、自分の死なんか どうでもいいと思ってしまう。 ただ、身近にいる人が生きていて欲しい それだけだ。 ただ、ただ今を真剣に生きよう!

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